報道の自由か、国家の利益か

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報道の自由か、国家の利益か

Supreme Court Rejects Appeal From Reporter Over Identity of Source

最高裁は、記者の取材源の秘匿を拒否

(New York Times より)

【ニュース解説】

ニューヨークタイムズといえば、アメリカのみならず、世界のジャーナリズムを代表する新聞です。同紙は今まで、アメリカや世界各地の政治、経済、社会問題やその隠された実態に果敢に挑み、数々の事実を暴き、紹介してきました。

James Risen はそうした記者の1人として、同紙で国家機密、公安問題を担当してきたベテランです。彼は、2001年9月11日の同時多発テロ事件を調査し、カバーした記者として、Pulitzer Prize(ピューリッツァ賞)を受賞したことでも知られています。ピューリッツァ賞は、19世紀末のニューヨークのメディア界の大物ジョセフ・ピューリッツァの遺志で設立され、優秀な報道などに贈られる賞であることはいうまでもありません。

そんな James Risen が、2006年に出版した State of War という書籍は、2001年9月11日の同時多発テロ事件以降のアメリカの諜報活動、特に CIA や NSA などによる活動の実態と、当時のブッシュ政権の involvement(関わり方)を赤裸々に暴いた書籍として、注目されたのです。

この取材活動の中で Risen は、イランでの核実験問題、さらには様々な中東問題などに絡み、アメリカの諜報機関のエージェントとして働く人物にも極秘の取材をいれ、さらに政府高官からも情報も入手します。そして、agent すなわち工作員がいかに活動し、時にはそうした人々の中に double agent(二重スパイ)が存在していること、国家の利益を優先するという緊張の中で、ブッシュ政権の関係者がいかに Zone of Deniability(黙秘の枠)を設定して、拷問や個人情報などへのアクセスを極秘に行っていたかという内情が記されたのです。

さらに、本書は、諜報機関と政権自身との微妙な関係についても解説しています。例えば、CIA がイラクと開戦する直前に、イラク政府は核を保有していないという overwhelming evidence(確実な情報)をキャッチしながら、それを敢えてブッシュ大統領に報告しなかった事実などがその代表といえましょう。諜報機関が自らの政府をも操る実態がそこにみえてくるのです。

問題は、彼がこのような大掛かりでプロフェッショナルな取材を行うにあたってコンタクトした人物とのコミュニケーションが、政府に傍受されていたことです。そして、それが証拠の一として Jeffrey Alexander Sterling という CIA の職員が逮捕され、国家機密の漏洩事件として裁かれているのです。

Sterling は CIA において、対イランへの諜報活動に関わり、ドイツやニューヨークでイランへの工作員のリクルートにもあたっていました。しかし、彼は雇用関係への不満からCIAの中で雇用機会均等法に関する告発を行い、その後 CIA を解雇されます。しかし、Sterling はそれを不服として、CIA を提訴していたのです。恐らくこうした状況におかれた Sterling は、絶好の取材源の1人だったのかもしれません。これは、最近話題のスノーデン事件とも微妙にリンクするケースであるといえましょう。

このケースの審理にあたって、裁判所は召喚状を James Risen に送り、証言を求めます。しかも、この召喚状は、それに応じないときは刑事罰が課せられるという規定に基づいていました。しかし、Risen は証言によって、様々な取材源が暴かれることになるとして、報道の自由の立場から出廷が拒否。召還の違法性を主張したのです。それに対して、最高裁判所が、Risen の appeal(上告)を棄却したことが今回のヘッドラインの背景なのです。

James Risen に実際に刑事罰を課すかどうかは、オバマ政権の判断次第で微妙なところといえそうです。しかし、ここで提示されている課題は機密保持法などが制定されている日本にとっても他人事ではないのです。

アメリカや日本といった民主主義を基軸とする国家にとって、政府の暴走や独裁を防ぐためにも、freedom of the press「報道の自由」は、憲法にも規定された人々の重要な権利です。そして、報道を自由に遂行するためには、取材した対象、すなわち identity of source(取材源)を秘匿する権利も保証されなければなりません。そして、国家の利益と取材源の秘匿とは時として大きく対立することも事実なのです。

今回のアメリカの Supreme Court(最高裁判所)の判決は、そうした対立への一つの判断です。最高裁判所の判事は終身制で、大統領が指名し、上院の過半数の同意をもって任命されることになっています。従って、時の政権や議会が判事を任命するときは、偏った判断がなされないか全米が注目します。現在、民主党政権時に任命された判事は4名、共和党政権時の判事が5名で、いわゆる保守系がマジョリティとなっています。これも今回の判断の背景として知っておきたい事実です。

James Risen の事件は、ジャーナリズムとは何か、そして、ジャーナリズムがいかに守られ機能しなければならないかを考えていく上での課題を、様々な角度から投げかけているのではないでしょうか。

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Yoji Yamakuse
山久瀬 洋二
1955年大分県生れ
大手出版社のニューヨーク駐在員を経て現地で起業。同地と東京を中心に100社近くに及ぶグローバル企業にて、国際環境での人事管理、人材開発などのコンサルティング活動を展開し、4000人以上のエグゼクティブへのコーチングを実施。著書は「日本人が誤解される100の言動」「言い返さない日本人」など多数。

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