なぜロシアはテロにおびえるのか

なぜロシアはテロにおびえるのか

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Two dead after gunman takes students hostage in Moscow school.
モスクワの学校で生徒が人質にとられ、2人が犠牲に
(CNN より)

【ニュース解説】
モスクワの高校で、ライフル銃をもった生徒が他の生徒を人質にとり、教師と警察官を殺害したニュースは、一瞬またもロシアでテロかという憶測と共に世界を駆け巡りました。この事件は、私怨によるものだったようですが、そもそもロシアがテロに狙われ続ける背景とは何なのでしょうか。

CNNではこの問題を特集するにあたって、Munich games still influence today (ミュンヘンオリンピックの影響が今日も)という特集を組んでいます。Munich games とは、1972年に開催されたミュンヘンオリンピックのこと。このオリンピックの開催中に、「黒い九月」と呼ばれるパレスチナのグループが選手村に侵入し、人質をとった末にイスラエルの選手11人が犠牲になったことは既に歴史上の事実となっています。イスラエルに土地を奪われたパレスチナ人の怒りが、オリンピックでの悲劇へと飛び火したわけです。
ソチでのオリンピックの開催にあたり、これと同じケースがおきないように、ロシア当局は神経を尖らせているのです。

去年の10月6日に、私は仕事でモスクワにいました。
その日、赤の広場を散歩しようとすると、広場だけではなく、周辺全てが立ち入り禁止となり、ロシア中から集められた数えきれない警察機動部隊が周囲を警備している様子に出くわしました。ちょうど、ソチの聖火がモスクワに到着し、プーチン大統領による記念式典が赤の広場で行われていたのです。その警戒レベルは通常より遥かに厳重でした。

こうした警戒ぶりを理解するために、最近ウクライナでおきている反政府デモに注目してみましょう。このデモはロシア寄りの政策をとる政府への抗議に他なりません。ウクライナはソ連時代にソ連の一部となり、独立運動がくすぶっていた地域です。独立を達成するために、ソ連に攻め込んだナチスドイツに協力した人もいたほどでした。
つまり、ロシアは様々な宗教を持つ民族を融合し、統率した国家なのです。19世紀から20世紀にかけて、当時の帝政ロシアはどんどん版図を広げてゆきました。その段階で、多くの民族や国家を飲み込み、ロシアの元で一元化していったのです。その版図を引き継いだソ連が崩壊し、当時含まれていた多くの共和国が独立します。ウクライナもその一つでした。
しかし、新生ロシアの主権の中に組み込まれたままの国家や民族も多かったのです。ロシアは、ソ連が崩壊した段階で、帝政ロシア以降の自らの権益を維持しようとします。しかし、地域地域で激しい抵抗や分離独立運動がおきたのです。これが現在のロシアを不安定にしている原因となります。
プーチン政権は、こうした分離してゆく力に対して、中央の引力を強化し、それらを域内にとどめる強攻策を打ち出してきました。それが事態をさらに混迷させたのです。

ソチのすぐ横には、こうした民族が複雑に絡み合い、諍いの続いたアブハジア共和国があります。そこは、グルジアの一部でありながら、近年紛争を経て独立した国家です。
グルジアの隣のダゲスタン共和国、その側のチェチェン共和国もいまだにロシアの一部。特にプーチン政権がチェチェンでの分離独立運動を徹底的に押さえつけたことは記憶に新しいはずです。そのため、これらの地域が対ロシアテロ活動の拠点となっているのも事実なのです。

A Moscow high school student shot a teacher and a police officer dead and held about 20 other pupils hostage in a classroom Monday before he was disarmed and detained, Russian authorities said, just days before Russia hosts the Winter Olympics. (モスクワの高校生が月曜日に教師と警察官を射殺し、クラスメイト20名を人質に立てこもった末、投降逮捕されたとロシア当局は発表。ロシアでの冬季五輪のほんの数日前のこと)とCNNでは解説しています。政治テロとは関係のないこの悲劇が、即座にオリンピックと結びつけて報道され、ロシアのテロへの不安を象徴してしまった背景は、こうした国内での独立運動が故のことなのです。
プーチン政権は、自らの基盤を維持するために、強いナショナリズムを国民に標榜します。そして、その影響は多くのロシア人に、こうした地方での不安定要因への同情を薄くする作用となり、ロシアのナショナリズムの高揚の要因となります。そんなナショナリズムを発揮できる場と反ロシアの意識を持つ人々が考えたのが、ソチのオリンピックだったのです。
ソチが、ミュンヘンの二の舞にならないよう、祈りながらも、ロシアが今後こうした国内の不満に対して、どのような対応をしてゆくのか、注目されるところです。

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Yoji Yamakuse
山久瀬 洋二
1955年大分県生れ
大手出版社のニューヨーク駐在員を経て現地で起業。同地と東京を中心に100社近くに及ぶグローバル企業にて、国際環境での人事管理、人材開発などのコンサルティング活動を展開し、4000人以上のエグゼクティブへのコーチングを実施。著書は「日本人が誤解される100の言動」「言い返さない日本人」など多数。


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