アメリカ視点「バランスか、改革かに揺れる習近平」

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アメリカ視点「バランスか、改革かに揺れる習近平」


New Communist Party Chief in China Denounces Corruption in Speech

新たな中国共産党指導者が、賄賂の横行を厳しく非難する演説を
(ニューヨークタイムズ紙より)

【ニュース解説】
 英字紙が共産主義政権を取り上げるとき、その制度について、定番の表現があります。例えば、Communist Party(共産党)もそうですが、そこのトップはPresidentではなく、elite Politburo と表現しています。習近平氏のことです。それは、ソ連時代の党中大委員会代表からきた表現。もちろん書記長は secretary-general です。
 ところで、何故習近平は改めて、共産党内部の賄賂の問題を取り上げたのか。
 このニュ-ヨークタイムズの記事の背景は、意外なところにありました。

 本年1月のある日、王立軍は青ざめた顔で重慶市の市長公邸の応接室に。
 彼は当時の重慶市の市長薄熙来が、政治浄化運動を展開したとき、賄賂などに汚れたとされる当地の司法検察関係者の粛正にも一役買った警察長官。王立軍は、薄熙来が遼寧省大連の市長当時からの部下でした。薄は親日派で、大連に積極的に日系企業を誘致し、経済発展を進めます。そして重慶市長に就任後、王を大連から呼び寄せ、警察署長に抜擢したのです。

 当時、彼らは “worms come only after matter decays”(腐ったところに虫が湧く)という中国の古い言葉を引用して撲滅運動を展開しました。

 そして、彼らはその撲滅運動時に、政治上のライバルである胡錦濤派を重慶から一掃し、汚職を糾弾する名目で、処刑まで断行したのです。
 このことの激怒した胡錦濤は、中国の指導者の地位にいた間、一度も重慶を訪れなかったといわれています。

 その王が、薄熙来の妻谷開来が密かに毒殺したイギリス人の愛人ニール・ヘイウッドの死体を処理し、証拠隠滅のために奔走したということがことの発端。
 ヘイウッドは、薄夫婦の不正蓄財を海外で洗浄し、コミッションを享受していたものの、谷夫人と、そのコミッションの額を巡り関係が決裂すると、海外に留学中の同夫妻の子供を殺害すると脅迫。それが真実かどうかはともかく、ヘイウッドが薄熙来夫婦のアキレス腱となったことは揺るぎもない事実でした。

 そんな王は、市長公邸で、自分と薄熙来の妻との陰謀を密かに録音した証拠を突きつけ、身の安全を迫ります。谷開来が重慶のホテルで、部下に持ってこさせた毒入りカプセルを薬と偽ってヘイウッドに飲ませた経緯を、彼女から聞き取り、密かに録音していたのでした。既に谷開来との信頼関係に重大な疑念を持った王にとって、これは最後のかけだったのです。
 しかし、妻から事情を聞いている薄熙来はその場で王を厳しく叱責、王を警察署長の職から解くと、閑職に追いやります。そして王が精神的に疲れているための人事と公表したのです。
長年の腹心であった王は知っていました。精神的疲れと公表したあと、薄熙来が自分を鬱病による自殺にみせかけ殺害することを。

 そこで彼は、2月にアメリカ領事館に駆け込んで、亡命を求めたのです。
 このニュースを聞き小躍りしたのは胡錦濤。薄熙来失脚のチャンスを狙っていた胡錦濤は、困惑気味のアメリカ大使館とかけあい、王の生命を保証するという条件で本人の身柄の引き渡し交渉に成功します。正に電撃作戦でした。
 この思わぬ展開に薄熙来は、配下の軍隊で領事館を取り囲み、王の身柄引き渡しを迫ろうとしたものの時既に遅く、追いつめられます。最後に四川省の軍司令部に駆け込んで、司令官に胡錦濤打破の軍事行動を促しますが、これも胡錦濤側が先手を打って、未遂に終ってしまいます。
 こうして胡錦濤は最大のライバル薄熙来夫婦を葬ります。その後発生した尖閣問題で面子を失った胡錦濤は、親日派の薄熙来派を気にすることなく、対日強硬姿勢を展開したのでした。

 秋の共産党大会で薄熙来派は幹部から追われ、その上で、政治的バランスと駆け引きのため、将来胡錦濤派のライバルになる可能性があるとされる人物も数人、最高指導部政治局常務委員に選ばれます。しかし、その殆どは65歳以上。70歳で政治の要職から退くという慣例により、そうした人々も5年後には引退しなければならなくなるのです。太子党と呼ばれる人の多くがそれにあたります。すなわち、胡錦濤氏は、自らと江沢民元主席派とのバランスの上にうまく乗って主席の座を得た習近平氏の未来へ、強烈な陰を落とすことができたのです。

 この話は、先週ソウルで出会った香港のジャーナリストが語ってくれました。the prevalence of corruption(賄賂の横行)、そして corruptly amassing a fortune(不正蓄財)を背景にした歴史小説さながらの political drama(政治劇)がそこにはありました。

 このエピソードのように、中国の政治家は、出世途上で何らかの政治工作に手を染めるといわれています。また、海外での蓄財や賄賂など、多くが秘密を持っています。
 習近平も、そんな環境の中でのし上がった政治家。だからこそ、習体制の将来は安易には予想できないのです。従って、アメリカの中国への対応は慎重です。少なくとも、ニューヨークタイムズには、A promise to tackle China’s problems, but few hints of a shift in path (中国の問題にタックルをかけると約束するも、変化をおこすヒントはほとんど見えず)という記事も掲載されました。

 そんな習近平が blunt remarks、すなわち(いきなり強調)した賄賂撲滅提言。そこで、彼は薄熙来の言った“worms come only after matter decays” (腐ったところに虫が湧く)という言葉を再び使用したのです。彼はなぜそんな引用をしたのか。色々と憶測が流れます。

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Yoji Yamakuse
山久瀬 洋二
1955年大分県生れ
大手出版社のニューヨーク駐在員を経て現地で起業。同地と東京を中心に100社近くに及ぶグローバル企業にて、国際環境での人事管理、人材開発などのコンサルティング活動を展開し、4000人以上のエグゼクティブへのコーチングを実施。著書は「日本人が誤解される100の言動」「言い返さない日本人」など多数。

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