NEW YORK 摩天楼便り「“国”ではなく“人”」

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NEW YORK 摩天楼便り「“国”ではなく“人”」

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“国”ではなく“人”


よくよく日本の方からニューヨーカーの特徴、というか人柄を聞かれます。

ニューヨーカーとひとことで言っても、世界中の国民、人種が集まって出来た集合体が“ニューヨーカー”なので、答えに窮します。

日本で講演会やセミナーをする際は、必ず質問コーナーで、アメリカ人の性格や移民の特徴に話が及ぶ事もあります。

果たして、“ニューヨーカー”ってひとくくりに出来るものなのか。

というよりも、“国民性”を語ること自体に意味があるのか。

先日のロサンゼルス出張の際、財布を落としました。

さすがに旅先なので焦りました。 運転免許証もカードもすべて入ってる。 身動きが取れない。

順を追ってさかのぼって考えると、おそらくランチに立ち寄ったコリアンタウンのモールのフードコートのレジで見たのが最後。

でも、クライアント訪問を先延ばしにするわけにはいかず、気になりながらもアポイント先に行きました。

そこのお客さん(日本人)に「あのあたりは治安良くないからねぇ」としたり顔で言われました。

「キャッシュ入ってたんでしょ? モールの清掃員なんかに拾われたら、まずネコババされちゃうよね。ま、運が良ければキャッシュだけ抜かれて、カードや免許証は無事かもね」。

そのあとも、モールで働く人たちへの人種差別発言。 清掃員の低所得な生活。 彼らにとって入っていたキャッシュの額は1カ月分の給料にあたる、などと話されていました。

それでも、彼は最後に達観したような顔をして「しょうがないことです」と締めくくりました。 良心云々ではなく、そのエリアに住む人々が財布を拾った場合の、ある意味「生活術だ」と。

納得いくような、いかないような話だけれど、落とした自分が悪いと、あきらめ9割で、いちおう帰り道、そのモールに立ち寄りました。

 

入った瞬間、昼にも確かにそこにいた清掃員のメキシコ人と思われるおばちゃんの姿を確認します。

僕の姿を見た途端、僕が何かを言う前に、50代後半であろう彼女が、笑顔で駆け寄ってきて、まったく聞き取れない英語でなにかを言ってきます。

「あなた、財布落としたでしょ。 オフィスに持っていったわ」。

どうやら、そんな感じのことを言って、オフィスの方向を指差します。

お礼もそこそこに、とりあえずオフィスに行ってみます。 少なくとも、免許証だけでも無事でいてくれ、と。

オフィスの韓国系の事務員は「よかったね♪」と笑顔で僕の財布を渡してくれました。

果たして、中身はすべて無事でした。 落とした時とまったく同じ状態。 カードも、免許証も、そしてキャッシュも。 そのままでした。

少しの間、そこに立ち尽くすほどの羞恥心に襲われました。 恥ずかしくて、動けなかった。

ロス在住の人の意見を聞いた後とはいえ、確実に僕は彼女を疑っていた。

彼女の勝手に予想した時給を日当計算し、財布の中身の合計額が、彼女の何日分になるかまで、すばやく計算していた自分がいました。

「しかたなくなくなる良心」なんてこの世にあるわけがない。

国の政策や地域の貧困度と、そこに住む人間のモラルに関係性なんてあるわけはない。

前述の日本人の話はたいがいにして正解なんだと思います。 例を出せば、ネコババケースの方が確かに多いのかもしれない。 でも例外だってある。

考えたら当たり前のことなのに。

 

さっきのおばちゃんのうれしそうな笑顔と、お礼の要求すらなかったカタコトの英語を思い出す。

慌てて、お礼を渡すために急いで姿を探すが、どこにも見当たりません。

同僚であるだろう同じ制服の浅黒い肌のおっさんに、彼女の特徴を伝え聞くと、さっきタイムカードを打ってもう帰ったとのこと。 その場のベンチに座り込み、2、3分呆然としました。 明日が、NYへのフライトなので、当分ここへは戻ってこれません。

その様子を不思議そうに見つつ、立ち去ろうとする、その、おっさんの肩をつかみ、$20札を2枚握らせ、次の出勤日に彼女に渡してほしいと伝えました。

理由も聞かずオッケー、オッケーと安請け合いしながら、おっさんはクシャクシャのままズボンのポケットに$40を入れます。

そのおっさんが取ったとしても、それでもいい(よくないけど)。

 

このエリアの生活環境や国の政策まで引っ張り出して、良心を語ったその日本人に、そしてその話に納得させられ、汚いものを見ようとした最も汚かった自分自身に、ざまあみろ、とつぶやく。

結局のところ「国民性」なんて言葉ほどアテにならないものはない。 当たり前過ぎて、わざわざ書くほどのことでもないけれど、その人の生き方を決めるのは、国でも人種でも法律でも、ましてや貧困でもなく、その人自体。

そういえば、彼女の胸元にはジーザスの安っぽいネックレスが光っていました。

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NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明
全米最多発刊部数の邦字新聞「WEEKLY Biz」の発行人、高橋克明です。新聞紙面上や、「アメリカ部門」「マスコミ部門」でランキング1位になったブログでは伝えきれないニューヨークの最新事情、ハリウッドスターとのインタビューの裏側など、“ イマ”のアメリカをお伝えします。

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